HUMAN × TECHNOLOGY
人間とテクノロジーの未来
音楽は、いつの時代も
人間の身体から生まれてきました。
身体から生まれるリズムと、
未来のテクノロジー。
その間にある可能性を探求する。
人間の表現と技術の未来を、
一人の電子打楽器奏者として考え続ける。
Introduction
人間は、
テクノロジーによって
音楽を失うのか。
コンピューターが音をつくり、 電子楽器が無数の音色を生み出し、 AIが短い時間で楽曲を生成する。
音楽を取り巻く環境は、 これまでにない速度で変化しています。
便利になるほど、 こんな問いも生まれます。
人間が楽器を演奏する意味は、 これからも残るのだろうか。 身体を使って音を生み出すことに、 どのような価値があるのだろうか。
私は、 電子打楽器という楽器と向き合いながら、 この問いを考え続けてきました。
テクノロジーは、
人間の表現を奪うものなのか。
それとも、
人間の可能性を広げるものなのか。
その答えを探るために、 まずは音楽の原点へ立ち返ってみたいと思います。
音楽の原点は、
身体にある
音楽は、 楽器や楽譜が生まれるよりも前から、 人間の身体の中に存在していたのではないか。 私はそう考えています。
声を出すこと。
手を叩くこと。
足で地面を踏むこと。
呼吸を重ねること。
そこにはすでに、 音の強さや速さ、 間の取り方、 そしてリズムがあります。
私たちは、 特別な楽器を持っていなくても、 自分自身の身体を通して音楽に触れることができます。
心臓の鼓動。 歩くときのテンポ。 誰かと会話するときの間。 身体の中には、 意識するよりも前に さまざまなリズムが流れています。
音楽の始まりは、 正しい音を出すことではありません。 人間が感じ、 身体を動かし、 何かを表現しようとすることです。
だからこそ私は、 新しい技術に触れるときも、 まず人間の身体に何が起きているのかを考えます。
打楽器から広がった
表現の可能性
私が本格的に音楽と向き合うきっかけになったのは、 ジュニアオーケストラで出会った打楽器でした。
打楽器は、 叩けば音が出るという、 とてもシンプルな楽器です。
けれど実際には、 同じ場所を叩いても、 力の入れ方、 身体の動き、 音を出すタイミングによって、 響きはまったく変わります。
自分の身体の使い方が、 そのまま音に表れる。 そこに、 打楽器ならではの面白さがありました。
もう一つ大きかったのは、 仲間と音を合わせる経験です。
一人では成り立たない音楽が、 誰かとリズムを共有することで形になっていく。 音を聴き、 タイミングを感じ、 相手に反応する。
その積み重ねの中で、 音楽は自分を表現する手段であると同時に、 人とつながる方法でもあると感じるようになりました。
打楽器は、 身体と音をつなぎ、 人と人をつなぐ楽器です。
その感覚が、 後に電子打楽器と出会い、 新しい音楽表現を探るときの出発点になりました。
電子楽器は、
身体表現を拡張する
電子楽器と聞くと、 機械が自動的に音を鳴らすもの、 あるいは人間の演奏を置き換えるものだと 思われることがあります。
けれど、 私にとって電子楽器は、 人間の身体から生まれる表現を 別の形へ変えるための道具です。
指先でパッドに触れる。 手の動きや力の加減によって、 音の表情が変わる。 一つの身体動作から、 ドラム、パーカッション、 声、環境音など、 さまざまな音色が広がっていく。
フィンガードラムは、 その可能性を象徴する表現の一つです。
指先の小さな動きによって、 一人で複数の打楽器を演奏する。 リズムだけでなく、 音色や構成そのものを 身体の動きから生み出していく。
アコースティック楽器では難しかった組み合わせも、 電子技術を取り入れることで可能になります。
電子楽器は、 身体性をなくすものではありません。 人間の身体から始まる表現を、 まだ見たことのない場所へ広げるものです。
人間が何を感じるのか。 どのような動きで音を生み出すのか。 どんな表現を選ぶのか。
その中心に人間がいる限り、 テクノロジーは 身体表現を豊かにする力になります。
Artist Philosophy
Primitive × Electronic
身体から生まれるリズムと、
電子技術の可能性を融合する。
原始的な身体表現と、
進化し続けるテクノロジー。
二つは対立するものではなく、
互いの可能性を広げ合うもの。
その交差点から、
新しい音楽表現が生まれていく。
AI時代における
人間の表現
AIが音楽をつくる時代になりました。
メロディーやリズム、 編曲のアイデアまで、 短い時間で生み出せるようになっています。
これまで専門的な経験が必要だった制作にも、 より多くの人が参加できるようになりました。
その変化は、 音楽の入口を広げるという意味で、 大きな可能性を持っています。
ただ、 どれほど技術が進化しても、 人間にしか持てない問いがあります。
何を感じるのか。
なぜ、その音を選ぶのか。
誰に、何を伝えたいのか。
音をつくることと、 音楽を通して何かを表現することは、 同じではありません。
私たちが過ごしてきた時間。 身体に残っている経験。 誰かと共有した感情。 そうしたものが、 音楽に意味や温度を与えます。
AIは、 人間の代わりに表現するものとしてだけでなく、 新しい発想を試し、 比較し、 選び直すための道具にもなります。
大切なのは、 技術が何を生み出せるかだけではありません。 その技術を通して、 人間が何を感じ、 何を表現しようとするのかです。
身体から生まれる感覚と、 テクノロジーが開く可能性。
その両方を行き来することで、 人間の音楽表現は これまでとは違う形へ進化していくと考えています。
- 感じる
- 想像する
- 選ぶ
- 身体で表現する
- 誰かとつくる
Artist Statement
MASAKingとして
私は、 打楽器を通して音楽と出会いました。
身体を動かすことで音が生まれること。 誰かとリズムを合わせることで、 一人ではつくれない音楽が生まれること。
その感覚は、 電子打楽器という新しい楽器と出会ってからも、 変わっていません。
むしろ電子技術によって、 身体から生まれる音楽の可能性は、 さらに広がっていきました。
指先から生まれるリズム。
新しい音色との出会い。
アコースティックと電子音の融合。
人と人との間に生まれる音楽。
テクノロジーが進化する時代だからこそ、 人間の身体から生まれる表現の意味を、 これからも考え続けたいと思っています。
身体から生まれるリズムと、
未来へ進化する技術。
その間に生まれる音楽を、
これからも探求し続けていきます。
MASAKing
